優しい手が額に触れたのを感じた。
瞳を開けると、そこには優しい笑顔。
「…柳…せんぱい?」
掠れた声で名前を呼ぶと、宥めるように頬を撫でられる。
「…もう少し寝ていろ。まだ熱が下がっていないから」
返事の代わりにこくり、と頷き、瞳を閉じる。
その手はしばらくして離れてしまったけれど、その優しい気配が離れず傍に居てくれたから、何の不安も感じる事はなかった。
眠りに落ちる、一瞬前に考える。
この優しい人に、自分は何を返せているのだろう、と。
朝の気配を感じて目が覚めた。
昨日の熱はもう名残を留めるだけになっているのを、感じた。
起き上がり、何よりも先にあの人の気配を探す。
「…赤也。目が覚めたのか…?」
優しい声に導かれるかのように顔を上げる。
隣の部屋から、柳が顔を出していた。朝食の用意をしていたらしい。
「何か食べられるか…?」
「はーい。もう平気みたいッス」
そう言って起き上がろうとしたけれど、柳の腕に制される。
慎重に額に手を当てて、安堵したように微笑んだ。
「…ああ、もう大丈夫だようだな。だが、まだ無理はしないように」
優しい腕に、言葉に、心に。
不意に泣きたくなる程の衝動を感じて、その腕に縋り付いた。
「…赤也…?」
心配そうな声。
普段は、そんな事は微塵も考えないのに。
こんな風に優しく扱われると、不意に思う事がある。
そんなにも大切にされる価値が、本当に自分にあるのかと。
自惚れや、思い込みではなく。
こうして、確かに想いが伝わるからこその。
戸惑っていた柳の腕が、ゆっくりと宥めるように背に回された。
「柳先輩って…結構趣味悪いッスね…」
ぽつりと呟くと、僅かに苦笑する気配を感じた。
「…そうか?」
「そうッスよ。俺、英語ダメだし、面倒ばっかりかけるし、…時々試合してると訳わかんなくなる時とかあるし…」
「そんな事か。…赤也の事は全部知っている。…それでも、赤也がいいんだから仕方ない」
背に回った腕に力が込められて、気が付けば強く抱き締められていた。
「……だったら、しょうがないッスね」
「ああ。…趣味が悪いとは思わないが」
そう答えて、柳は再び苦笑する。
それどころか、赤也を好きだと思われる何人かの者達を、どうするか日々悩んでいるというのに。
「…赤也は?」
ふとそんな事を聞いてしまったのは、きっとそれを考えていたからだろう。
「俺は、柳先輩じゃなきゃ駄目ッスよ」
けれど、そんなにも。
そんなにもあっさりと当然のように告げるから。
そんな事を言われてしまえば、きっともう、手放せなくなるのに。
一生、この腕の中に閉じ込めて。
溢れる程の想いを。
伝える事なく消えていった言葉を。
すべてを。
届ける事が出来たならば、と。
もう離れては生きていけない程に愛する事が、本当に幸福なのかは、まだわからなかった。