傍に居る事が出来る権利

 ただ、傍に居て欲しいだなんて。

 きっと相手の意思を無視した、恐ろしく自分勝手な考えに違いない。

 けれど本当に思うのだ。


 傍に居て欲しい。離れないで欲しい。
 ただそれだけを、切実に。




 三年生にもなると、色々と面倒な事も多い。

 その日も進路相談とか何とかで、帰りが随分と遅くなってしまった。


「…もうこんな時間か……」


 時計で時刻を確認し、足早に家路を辿る。
 きっと赤也はもう家に帰っただろう。

 自分の為に灯りのついた玄関を開けると、ふと感じる異臭。
 厳密に言うと、焦げ臭い匂い。

 この匂いを嗅ぐのは確か二週間ぶりだな、と無意識に考えて靴を脱ぐ。
 確かあの日も、何かあって帰りが遅くなったはずだ。

「赤也、ただいま」

「うっわぁっ!…や、柳先輩…びっくりした……」

 想像通り、その匂いは台所からで、赤也が何かをしていたらしい。

「……………」

 鍋と、散らかった台所と、そして自分の顔を見上げて。
 赤也は困ったように笑った。

「…あ……、す、すんません…。また失敗しちゃいました……」


 

 それから30分後。

 すっかり綺麗に片付いたその場所で、柳は手早く夕食を作っていた。
 赤也は白い子猫を抱いたまま、その様子を見つめている。


 随分と大人しいのは、まだ失敗した事を気に病んでいるのだろうか。

 気にするな、と何度言ってみた所で、それは無駄だとわかっていたけれど。
 どうすれば、伝わるのだろう。

 こうして手を伸ばせば、触れる事が出来る距離にいる。
 ただそれだけで、こんなにも愛おしくなるというのに。

 もし、傍に居る事が出来る権利というものがあるのならば。
 絶対に奪い取り、誰にも渡さないのに。

 いつだって、本当に欲しいものは形のないもの。



「……先輩……」


 そんな思考に囚われていた時。

 ふと赤也の声を耳にして、我に返る。

 目の前に存在したのは、まさに先程赤也が生産したような焦げた物体。

「…………しまった」

 慌てて火を止めてみたものの、もう後の祭りで。
 呆然としたようにその光景を見ていた赤也は、不意に声をたてて笑った。

「………先輩。今日はもう外食した方がいいッスね〜。俺、腹減ったッス」

 先程までの沈んだ顔が嘘のように、笑うその笑顔。
 合計2日分の食糧が、何だというのか。

「…そうだな。そうするか……」

 準備をして2人で外に出る。
 空にはもう星が光っていて。
 少し肌寒く感じたのか、赤也が腕に擦り寄ってきた。



 本当に欲しいものは、形のないものだからこそ。

 気が付けば、もう手に入れているのかもしれない