華は、咲かなければいい。
刻など、流れなければいい。
このまま、時すら止まってしまえばと幾度願った事だろうか…
刻限
「…先輩と、同じ学年だったらよかったのに…」
あれは、いつの事だったか。
腕に縋り付いた赤也が、小さくぽつりと漏らしたのは。
どんなに願っても、望んでも。
それだけは、乗り越える事が出来ない壁で。
「だったら、ずっと一緒にいられるのに…。…なんて。へへっ。欲張りッスよね」
そう、あれは確か去年の冬。
あの頃は、朝も昼も、部活も一緒だったから、そう切実には感じなかった。
ただ、傍に居たいと言ってくれる赤也が、愛おしくて。
けれど、夏も近付く頃だ。
その言葉が、次第に現実味を帯びてきたのは。
次第に強くなる日射しに夏の気配を感じる度に、沸き起こるのは、焦燥感。
刻は確実に流れ、そして過ぎていく。
今年の春。
ふたりで、桜並木の下を歩いた。
並んで歩いたあの道は、もう忘れる事が出来ないだろう。
けれど、また。
来年のあの華が咲く頃には。
分かれてしまう、ふたりの生活。
いくら付属の高校とはいえ、同じ校舎に居た時とは確実に違ってしまう。
しかも来年、三年生になる赤也はきっとこの部を引き継ぎ、今以上に忙しくなるだろう。
あの華は、咲かなければいい。
刻など、流れなければいい。
このまま、時すら止まってしまえばと幾度願った事だろうか…
「…柳先輩、何だか最近元気ないッスよね…」
珍しく柳ではなく、真田と一緒に歩いていた赤也が、ぽつりと洩らす。
「聞いても何でもないって笑うんスけど…」
深刻な表情は、真剣に彼を心配しての事だろう。
俯く赤也の髪を、真田は優しく撫でた。
「…柳ならば、きっと大丈夫だ」
きっと赤也もわからないその理由を、真田は何となく悟っていた。
けれど、想いの深さがその悩みの根源ならば、きっと解決できるのもその想いだけだろう。
「傍に居てやれ。あいつには、きっとそれが何よりだ」
その言葉に、赤也は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「はいっ!俺、柳先輩んトコ行ってきます!」
身を翻して走るその姿に、小さく呟いた。頑張れよ、と。
「あ、柳せんぱいっ!やっと見つけた…」
校舎を探し回っていたのだろう。
息を乱した赤也が、校庭の樹の下に居た柳の所に走り寄ってきた。
「赤也?…弦一郎と一緒に行ったと思っていたが…」
「へへっ。先輩と一緒に帰りたくて。…一緒に、帰りません?」
無邪気に微笑む姿に笑みを返し、頷いて…傍の樹を見上げた。
樹は青々と葉を広げ、隙間から零れる日射しは、確実に夏の到来を告げている。
「もうすぐ夏だな…」
何気なく呟くと、赤也は無邪気にそうっスね、と返してくる。
思わずその腕を引き、細い肩を思い切り抱き締めた。
「!」
驚いたのか、身体を硬くする赤也。
何か言おうとして口を開き…結局何も言わずに瞳を閉じた。
「…柳せんぱい…」
どのくらい、そうしていただろう。
ふと声を掛けられ、腕の込めた力をほんの少し緩めた。
「これ、桜の樹ッスよね…」
視線を追って見上げ、頷く。
すると赤也は、何を思ったのか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「綺麗でしたね、桜。来年も、再来年も絶対に一緒に見ようって、約束、しましたよね?」
その瞳は、ただ開かれた未来だけを見つめているように見えた。
信じているのだろう。
その交わされた約束を。この想いを。
その瞳は、不安ばかりが先行し、根本的な想いを見失っていた事に気が付くには、充分だった。
「ああ、約束したな。…一緒に行こう。来年も、再来年も、ずっと…」
この想いに、刻限などない事を。
確信する。きっと。
望む限りずっと開かれている未来は、気が付けばすぐ目の前に広がっていたのだ。
気付かせてくれたのは、誰よりも愛しいその瞳。
強い日射しに、柳はようやく笑みを浮かべた。