日毎に募る愛おしさと比例して、積み重なる焦燥。

 先輩大好き、と無邪気に告げるその表情の影で。

 紅い瞳をした彼が、嘲笑っているような気がして。

 どんなに縋り付いて来る細い身体を強く抱き締めても。

 誰も辿り着く事を許されない深い、黒い空間で。


 微笑む彼には、辿り着けない。


紅の面影



 部活帰りの道は、いつも夕焼けに包まれる。

 一面を紅く染めたその光景は、『彼』を彷彿させた。

「先輩、今日、真田副部長か……」

 隣で無邪気に話し続ける彼と同じ。確かに彼の一部である『彼』
 それなのに。

「……赤也」

 その名を呼ぶと、立ち止まり、振り返った。
 小さく首を傾げて、問うような視線を向けている。
 けれど何が言えるのだろう。
 言葉だけでは彼のすべてを包み込む事など出来ないと、わかりきっているのに。
 注がれる無邪気にも見える視線を受けて、言えるべき言葉など何一つなかった。

「もしかして…」

 声を掛けたまま、更なる言葉を続けない柳に、ふと赤也は顔を曇らせた。

「この間の……試合の事ッスか……?」


 この間の試合。
 それは、先日の不動峰との試合の事だろう。
 確かに、あの試合の後だ。

 紅い瞳をした、まるで自分の知らないような彼を意識し始めたのは。

 だがそれは、赤也が今恐れているかのように、咎める為にそうしている訳ではない。
 赤也、と再びその名を呼び、びくりと身体を震わせる彼を宥めるかのように、腕を引いて抱き寄せる。

「赤也、大丈夫だ。…別に怒っている訳じゃないから」

 柔らかい髪をふわりと撫でると、ゆっくりと抱いた肩から力が抜けていく。ふわりと指に絡みつく髪を梳いて、その目元にそっと触れる。

 思い出すのは、紅い光を従える瞳。
 いつも見慣れた、真っ直ぐな瞳とはまるで違う、猛々しい程貪欲に勝利を求める瞳。
 白い肌に浮かび上がる紅に宿るのは、魔性のような美しさと危うさ。
 けれどそれは誰にも従わず寄り添わず、孤高を保っている。

「柳先輩…?」

 けれど、『彼』も確かに赤也。
 そうして、知る。

 この執着とも言える想いを。

 彼のすべてが欲しいと。
 その狂気とも言える紅までもすべて。


 ふと、自分を見つめる赤也の瞳の中に、紅の煌きが宿ったような気がした。
 己を従えようとする者を射抜くような、鋭い視線。
 迂闊に手を出せば、身を滅ぼしかねない危険な紅。

 けれど、それでも愛しい赤也の一部。


「先輩…?」


 自分を見つめたまま、言葉を発しようとしない柳に不安になったのか、服の裾を掴んだ手に力が込める。

「大丈夫だ、赤也。…お前は何も心配しなくていい」

 優しく告げれば、何か問おうとして言いかけた赤也は、結局何も言わずに瞳を閉じた。
 縋る手に込められた信頼をしっかりと受け止めながら、柳の思考は、その紅の面影を追っていた。